ハゲメンを考える

ハゲメンがどうやって人生を充実させていけば良いか考えるブログ

続き12

目的の駅についた私は派遣先の担当者と合流し、これから一緒に働くであろう同期の方々を車で待っていました。

初めて自動車での工場勤務とあって、まだ働いてもいないのに変な緊張感を感じながら車の中で待っていました。

自動車の工場で働く奴はヤンチャなやつ、変な奴が多そうという変な先入観もあって、あとから入ってくる他の同期の方々に多少なりとも怯えつつも、軽く挨拶だけはすまし、全員が揃ったところで派遣先の事務所に向かいました。

 

着いた先は2階建てのアパートで、どうやらその中の1部屋を借りて事務所として借りているようでした。

正直、大丈夫かなぁと思いつつもここまで来てしまった以上後戻りするのもなんなので、書類やらなんやらをとりあえずは書き終え、その後近くの食堂で懇親会みたいなものが開かれました。

とくにこれといって盛り上がらなかったですが、俺のところの醤油のなかにコバエはいってたぐらいですかね、記憶に残っているのは…

東京汚ったねと勝手に自分の記憶に偏見を植え付けつつ(笑)、懇親会が終わりそれぞれがこれから住むアパートに送り届けられました。

 

着いた先はめっちゃ古びたアパートでした。

愛知に住んでた時の寮(レオパレス)があまりにもよかったので、それとのギャップで不安はさらに膨れ上がるのでした。

続き11

今までよりかは多少は自分の身なりに気を遣うようになった私は、街にでては店で服を見ることが多くなったと思います。

当時、愛知にいた頃は古着屋さんやファストファッション、PARCOとかよく行っていたような気がします。

それと同時に大人のお店に行ったりしては、それはそれで楽しかったと同時にこのままじゃあかんなと思ってもおりました。

そんな日々を約7カ月ほど愛知で過ごし、今度は東京に行ってみたいなぁと思い始め、もうその頃は特に悩むようなことはなく、東京のどこか工場で働けるようなところを探そうと思っておりました。

一旦福岡に帰りいろいろ探した結果、某自動車工場で働くことに決めました。

正直、自動車の工場は結構きついイメージがあったんですが、なんとかなるやろ思い1ヶ月もしないうちに東京に行きました。

昔の自分を考えたら多少は行動力はついたんかなと思いつつも、やはり不安の方が大きいかったんではないかと思います。

福岡空港から飛行機で約1時間ぐらいかけて羽田空港に降り立ち、そこから何回か電車を乗り継いだとは思いますが、ごちゃごちゃしててよう憶えとりません(笑)

くっそ人が多かったのと乗り継ぎで迷ったのは憶えています。

そんなこんなで着いた先は、東京の西の方でした…

続き10

清潔感のあるファッションというキーワードにとりつかれた私は、それはもうひたすら良さげなコーディネイトを雑誌やネットで見つけては、めちゃめちゃ頭の中で自分とそのコーディネイトを脳内変換していました。

あるコーデはガキっぽく見えて違和感があったり、また違うコーデはめっちゃオジサンっぽく見えてしまったりと、やはりハゲであるリスクはかなり大きいなと調べれば調べるほど思うようになりました。

そういう思いに駆られながらも、徐々にですが自分のなかでファッションの方向性を固めていったように思います。

今でもおおまかな考え方は変わっていないのですが、カジュアルとフォーマルの割合をいうと2:8ぐらいがいいんじゃないかと個人的には思っています。

やっぱ周りの髪ふさふさのイケメンたちをみると、カジュアルの割合が多くてもそらぁもうさまになってるんですよね、くやしぃ~(笑)

夏とかはさすがにその辺りのバランスは崩れてくるんですが、それ以外での季節では大人っぽくまたは色気のある感じを出せるようにしなければと思っています。

何が大人っぽくて何が色気がある感じかは人によって違ってくるとは思うんですが、その辺りの詳細はまた書きたいと思います。 

続き9

愛知という俺にとっては縁もゆかりもない土地で一人暮らしを始めてから、人とのつながりってホントに大事なものなんだなとかなり感じるようになりました。

あと人生において何を充実させたらよいかということも、頭悪いなりに真面目に考えるようになったので、自分的にはこの時期の過ごした時間は無駄ではなかったと今となっては思います。

この頃ぐらいから知人が出会い系をやっていたところからヒントを得て、それに関するブログを読み始めたり、そこから派生してナンパブログなどを読み始めたりしていたと思います。

あとはナンパの実録音声やナンパ師の対談音声を聴き始めたりしたのもこの頃からかもしれません。

かといって意思の弱い俺は、週末に行くであろう大人のお店をめっちゃググったりするような時間の過ごし方をしていました。

これは今でもあまり変わっていないのですが(笑)

しかしこのようなことに興味を持ち始めたおかげで、まずは何を改善するべきか考えた結果見た目を変えるべきだという結論にたどり着きました。

もちろん髪の毛に関してはどうしようもないので、そこはいったん忘れてとりあえず清潔感のある服装はなんぞやということで、ファッション雑誌を読み漁ったり、ネットで画像検索したりし始めました。

続き8

そんなこんなで地方デビューと同時に工場勤務デビューを果たしました。

たしか最初の頃は本来働くべき部署にすぐには入れず、2階の違う部署で働きはじめました。

なんかちょこまかと色んなことをやっていたような気がします。

あとは残業時に商品の梱包を中心とした作業をやっていたような…正直憶えていませんね。

休み何しようかな~って考えてたような気がします(笑)

1~2週間後にやっと本来働くべき部署で働きはじめました。

特にここでの仕事に関しては、うわ~絶対これできないわぁ~っていう作業はほぼなかったような気がします。

ほぼほぼ誰でもできるような作業だったと思います。

まあでも同じ作業の繰り返しっていうのは楽な部分もあるし、ある意味ではしんどい部分もあり工場の仕事ってこういうものなのかなと感じました。

ここでの生活でプライベートに関して記憶に残ってることといえば、近所にあるドンキに行ったり、映画館に行ったり、GUに行ったり。

あとは名古屋に行って栄や大須商店街辺りで買い物したり、大人の遊びをしてきたり…

やっぱ地方で一人で暮らすとなると、ふとした時にめちゃめちゃ寂しさに襲われるんですよね。

この頃ぐらいから女性と仲良くするにはどうしたらよいかと漠然と考え始めた時期でもありました。

続き7

名駅から30分ほどで目的の駅に到着しました。

ついに来てしまったかと、そう心の中で呟きながら派遣会社の担当者の方に連絡します。

担当者の方と合流し車に乗って寮に向かいます。

寮まで向かう間、どういう街かなと周りの景色をぼんやりと眺めます。

思ったほど田舎でもなさそうだし、結構買い物するところもありそうなので、とりあえずは普通に生活するには問題なさそうだなと感じた記憶があります。

そして我がマイホームに到着。

レオパレスということもあり、地方デビューを飾るには恵まれた環境だったといまとなっては思います。

派遣会社さんありがとう!

そこから工場の場所だったりを軽く案内されてこの日は終了。

その日の夜はどのような過ごし方をしたかは全く憶えてないが、おそらくコンビニの弁当を買ってテレビをみて寝るみたいな感じだと思います、俺の性格上(笑)

よくよく振り返ってみると、俺が住んでた地域はめちゃめちゃ住みやすいところだったんですよね。

近くにコンビニ、スーパー、デパート、ドンキに松屋、はたまた豚骨ラーメンのお店まで、とにかく生活する分にはまったく困らない環境でした。

自転車も無料で貸してくれたので、ちゃちゃっと行けちゃいますよね。

そんなこんなで地方での新生活が始まるのでした…

続き6

そしてここから福岡以外での活動場所を求め、金銭的な面もありなるべく早く働けて未経験でも稼げるような仕事を探していました。

いろいろと探していくと工場の仕事がいいんじゃないかと思いました。

割と早く仕事にもつけて時給も高く家賃の補助も受けれて、仕事自体もそこまで複雑なものではなさそうだったので、思い切って申し込みました。

派遣なので思い切るもなにもないですが(笑)

そして無事に面接を終え、出発当日を迎えました。

恥ずかしながら新幹線に1人で乗るということもなかったので、いろいろあたふたしてたのを思い出しました。

乗車券と特急券?を2枚同時に通すということ知らず、駅員さんに聞いた記憶があります。

いまこうやって書いてる途中で、割と多めの荷物を持ってベンチに座ってたのを思い出します。

あのときは多少はワクワクしていたんじゃないかなと今となっては感じています。

あの時は平日ということもあり、新幹線の中はめっちゃ空いてた気がします。

小倉~広島~岡山~大阪~京都と福岡をどんどん離れていくにつれ、あ~俺これから1人でやっていくんだなと、いろんな思いに駆られていたように思います。

そして目的地である名古屋に降り立ち、そこから乗り換え手順が書いてある紙を頼りに名鉄に乗り込むのでした…